大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和44年(う)161号 判決 1971年3月11日

控訴人 被告人

被告人 和田兼蔵 外一名

弁護人 黒滝正道 外二名

主文

原判決を破棄する。

被告人両名を各罰金八、〇〇〇円に処する。

右各罰金を完納することができないときは金五〇〇円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

被告人両名に対し、公職選挙法二五二条一項所定の選挙権および被選挙権を有しない旨の規定を適用しない。

原審における訴訟費用中、証人蛯名悟、同野田利男および同蛯名イワに各支給した分を除くその余の部分ならびに当審における訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人黒滝正道、同斉藤忠昭および同二葉宏夫の共同名義の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第二について

公職選挙法一三八条一項は「何人も、選挙に関し、投票を得若しくは得しめない目的をもつて戸別訪問をすることができない。」旨規定しているが、右の戸別訪問罪における主観的要件としては、単に、投票を得若しくは得しめる(又は得しめない)目的があれば足り、口頭で投票を依頼する意思までも必要とはしないものと解される(最高裁第三小法廷昭和四三年一二月二四日判決、刑集二二巻一三号一五六七頁参照)ので、投票依頼の趣旨を口頭によつて了解せしめようとする場合だけでなく、他の言動等の諸般の状況によつて投票依頼の趣旨を暗示し了解せしめようとする意思(すなわち暗に投票を依頼する意思)も右の主観的要件としての「投票を得若しくは得しめる目的」に包含されるものと解される。ところで、同条二項は、一項の戸別訪問の制限に対する脱法行為の禁止規定で、「いかなる方法をもつてするを問わず、選挙運動のため、戸別に、‥‥特定の候補者の氏名‥‥を言いあるく行為は、前項に規定する禁止行為に該当するものとみなす。」旨規定しており、その規制対象となる行為は、「選挙運動のため」の行為であることを要するが、構成要件上そのほかに投票を得るとか得しめる等の目的を要しないものであることは、その明文上明らかである。しかして、ここにいう選挙運動も、一定の選挙につき特定の候補者を当選せしめるため投票を得又は得しめるにつき直接又は間接に有利なる諸般の行為をなすことを指称するものと解すべきであつて(大審院昭和三年一月二四日判決、刑集七巻六頁、同昭和四年九月二〇日判決、刑集八巻四五〇頁等参照)つまり前同条二項にいう「選挙運動のため」とは特定の候補者の氏名を言いあるく等のことが、特定の候補者を選挙人に強く印象づけることによつて当該選挙人からその候補者への投票を得るにつき有利に働くものと認識しかつこれを少なくとも認容している場合であると解されるのであり、また、特定の候補者の氏名を言いあるくことが、よしんば直接の目的たる同候補者の選挙資金調達のための募金行為にいわば当然に附随する形でなされたような場合であつても、その故に直ちに右いわゆる「特定の候補者の氏名を言いあるく」ことに該当しないものとはいえないのであり、要はそのことが前記の意味で選挙運動のための行為であると認められる場合には、同項の規定により戸別訪問とみなされ禁止されるものというべきである。論旨は、公職選挙法一三八条二項についても、一項の場合と同様に投票を得若しくは得しめる目的(得票目的)が必要である旨主張するけれども、前叙の次第で採用の限りでなく、所論最高裁第三小法廷昭和三八年一〇月二二日決定(刑集一七巻九号一七五五頁)が公職選挙法一三八条二項の「選挙運動」の意義に関する右解釈の妨げになるとは考えられない(所論引用の大阪高裁昭和三〇年四月一一日判決に原判決攻撃の資料には到底なりえない。所論被訪問者の投票を期待しているものに限るべきであるとの主張は、原判決が「当該選挙人からその候補者に当選をさせるために……」云々と明言していることを誤解した全くの的外れの議論である。)。また、所論「特定の候補者の氏名を言いあるく」行為とは候補者の氏名のみを単に触れあるくこと若しくは他の正当な用務のかたわら特に大声とか数回にもわたつてなど候補者の氏名を被訪問者に強く印象づけるような方法で言いあるく行為を指すものと解すべきであるとの主張も、前叙のとおりにわかに採用しがたいところである。原判決の法解釈も以上とほぼ同趣旨に帰するのであつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は理由がない。

控訴趣意第四について

論旨は、原判決は、被告人らが各被訪問者に対し判示のように申し向けた所為を選挙運動のためのものと認定したことに関して、(弁護人の主張に対する判断)の項において、「本件諸般の情況事実を総合判断すると、被告人らは、真実その直接の目的としては米内山義一郎の選挙資金を募るために本件行為をなしたものであると言い得るが、それと併せ、本件行為によつて、少なくとも右米内山を被訪問者に強く意識させ、または既に持つている意識をさらに強めさせることによつて、同人のための投票を得もしくは確保することにつき必要にして有利なる行為であるとの認識をもつて、本件行為をなしたものであると認定するのを相当とするので、被告人らの本件行為は公職選挙法一三八条二項にいう『選挙運動のため』になしたことに該当する」旨の説明をしているけれども、被告人らが本件行為に際し右のような認識を有したとの点は証拠上これを認めるに由ないところであるから、原判決のこの点に関する認定は誤りである旨主張するのである。

しかしながら、原判決挙示の証拠に徴すれば、ほぼ原判決も説示しているとおり、次のような事実が明らかである。すなわち、

(一)  被告人らはいずれも原判示衆議院議員総選挙(昭和四二年一月八日公示、同月二九日施行)において青森県第一区から立候補した社会党所属の米内山義一郎の熱心な支持者で、すなわち被告人和田は被告人らの居住する上北郡上北町地区における米内山の後援会長、被告人蛯名は社会党員であり、また米内山が理事長である沼崎土地改良区の、被告人和田は副理事長、被告人蛯名は理事であるなど同人と密接な関係を有するところからその当選を熱心に支持していたこと、

(二)  米内山義一郎は、上北町の出身であり、かねて合併前の同村長等各種の公職にも在り、私財を投じて農民に奉仕するなど清廉な人柄と相まちいわば村の開拓者として町民の信望を集め、広く町内にも支持者を有していたもので、本件選挙に際しても、従来の衆議院議員選挙等の場合と同様に、資産もないため選挙費用に巨額を用いることをせず、その資金はこれを党本部からの借金等のほか大衆からのカンパにより調達するとの方針で選挙に臨んだものであること、

(三)  被告人和田は、本件選挙に際しても、従来の選挙と同様、右のような米内山のため選挙資金として応分の献金をしようと考えていたところ、選挙期間中の中ごろにあたる同年一月一五日頃、乗用自動車で連呼行為に従事中の同候補の選挙運動員と路上で会つた際、その者から、例年にない大雪のため車故障にそなえジープを同行しなければならないので車代が嵩んで困つている旨聞き及んで、さつそく、その翌日頃、同町内の米内山候補連絡事務所に赴いて自ら車代として金一万円を寄附し、また前記沼崎土地改良区の各役員から寄附(被告人両名を含む理事監事計一一名から一人二、〇〇〇円宛の)を募ることとし、さらに、被告人らの居住する同町大字上野字南谷地々内の有権者からの本件資金カンパを思い立つて、その旨被告人蛯名に諮り同被告人の賛同を得、斯くして、同月一七日両名連れ立つて午前一〇時頃から午後四時頃までの間、原判決認定の南谷地々内の選挙人方を訪ね、各選挙人に対し、原判示のとおり「今度の選挙に出た米内山さんが大雪のため車代が多くかかるので幾らでも寄附して下さい。」との趣旨のことを申し向け、寄附をもらつて歩いたこと。被訪問者は、いずれも右勧誘に応じ、それぞれ五〇円、一〇〇円ないし二〇〇円(うち一名は一、〇〇〇円)を寄附し、被告人らはこれを取りまとめて、各寄附者の氏名、金額等を記載した名薄(帳面)を添えて即日同候補連絡事務所に持参し担当者に手渡したものであること、

(四)  被訪問者のうちには、被告人和田の親戚や日頃同被告人と親しい交際をしている者も若干はあるが、他は同一町内における被告人両名の顔見知りで、米内山候補の後援会の会員になつている者も若干名にすぎず、唯、被訪問者方の主人が、その三、四名の場合を除き、大部分は米内山が理事長たる前記沼崎土地改良区(被告人和田が副理事長、被告人蛯名が理事)の組合員となつている間柄にあるが、それとても実際の被訪問者は、訪問時刻の関係もあつて、多く右主人ではなく婦人であつたこと(なお、被告人らは、右土地改良区への納付金の滞納者七、八名に対するその督促集金かたがた本件募金行為に及んだものであること)(なおまた、本件起訴事実に含まれていない分ではあるが、被告人蛯名は、本件と同じ日に連続して自ら単独で募金した分に関し、原審公判廷において、「親戚にあたる計六軒ぐらいの家では、在宅した婦人連は政治の面について薄いので投票依頼の趣旨で『よろしく頼む』とのことを述べた。」旨供述していること)、

(五)  被告人らの本件所為は、その性質上、被訪問者が被告人らの勧誘に応じたとい少額ではあつても寄附をすることによつて被訪問者に米内山義一郎を強く意識させるに十分なものであり、実際にも、被訪問者らの供述によれば、同人らが本件募金に応じた動機はさまざまであると認められるものの(或る者は米内山候補をもともと支持しているので寄附したといい、また或る者は被告人和田に対するいわば町内の付合いで寄附した旨述べている。)、その多くの者が、被告人らの訪問を米内山候補に投票してもらいたくて来たのであろうと感じた旨必ずしも明確にとは限らないものもあるが述べていること、

(六)  本件訪問は、前叙のとおり特に選挙運動期間中の中ごろにあたる選挙戦たけなわの時に行なわれており、被訪問先が多数(計三九名)にのぼりかつ連続して行なわれたものであること、

(七)  本件選挙においても、従来の衆議院議員選挙の場合と同様、米内山義一郎の恩師にあたる森田重次郎が自由民主党所属で同じ上北町から立候補していたこと(もつとも、当審における事実取調の結果によると、同町における得票数に関する限り、自民党候補よりも米内山候補の方が常に優勢であつたものとうかがわれる)、

(八)  被告人和田は上北町議会議員を勤める町の有力者であり、被告人蛯名は国鉄職員で、いずれも相応の知識理解力を有するものであること。

以上のような本件諸般の情況事実を総合判断すると、原判決説示のごとく、被告人らは真実その直接の目的としては米内山義一郎の選挙資金を募るために本件所為をなしたものであると認められるが(就中、前記(二)および(三)の事実等に徴して)それと併せ、附随的に、右氏名を言い歩いての募金によつて米内山候補を被訪問者が強く意識し又は既に持つている意識を一層強めることとなりそのことが同人(被訪問者)から米内山への投票を得もしくは確保するうえで有利に働くであろうとの認識のもとに、かつそれらのことを期待し少なくともこれを認容して本件所為に及んだものであると認定しうるのであつて、(就中、前記(四)ないし(七)の事実等に徴して)記録および当審における事実取調の結果を検討しても原判決の事実認定に所論の誤りがあるとは認められないのであり、したがつて又、本件所為が公職選挙法一三八条二項にいう「選挙運動のため」になしたことに該当するとの原判決の判断にも誤りは存しない。論旨は理由がない。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判長裁判官 細野幸雄 裁判官 深谷真也 裁判官 桜井敏雄)

弁護人の控訴趣意

第二、公職選挙法(公選法)第一三八条二項の構成要件について

一、『選挙運動のため』の選挙運動には被訪問者から投票を得若しくは得しめ又は得しめない目的(以下得票目的と略称する)が含まれていなければならない。

公選法に選挙運動という言葉は処々に用いられているが、第一二九条における選挙運動の意義について最高裁第三小法廷は昭和三八年一〇月二二日の決定で『……その選挙につき、その人に当選を得しめるため投票を得、若しくは得しめる目的を以て、直接又は間接に必要かつ有利な周旋、勧誘若しくは誘導その他諸般の行為をなすことをいうものであると理解される。

……』と判示している。

そして同法第一三八条二項の選挙運動の意義を説示した最高裁の判例はないようであるが本条の選挙運動の意義も右と同様に解されるべきものと考える。

そうだとすれば第一三八条二項の選挙運動は『その選挙につきその人に当選を得しめるため投票を得、若しくは得しめる目的を以て』なされる運動のためでなければならない。原判決も説示しているとおり第一三八条二項は表現の自由を制限している同条一項の脱法行為を、取締ろうとするものであるから、二項において禁止しようとする範囲は一項において禁止する範囲と実質的には同じものと考えるべきで、一項で禁止されない範囲までも、二項で禁止しようとするものでないと解する。このように解してこそ二項の行為を一項の行為とみなすことも許されるものと考える。

そして一項の戸別訪問禁止の規定は違憲の誹の高い条項であるから二項において更に表現の自由を一段とより強く制限することは許されない。

しかるに原判決は『当選を得しめるため、投票を得、若しくは得しめる目的をもつて』行為したものと認めるには適当でない場合でも『当選を得しめるため投票を得、若しくは得しめるについて必要かつ有利な行為であるとの認識』をもつて行為したものと認めるのを適当とする場合も、右の『選挙運動』に包含されるというべきであろう。として二項の選挙運動に得票目的は必要でないとしている。

そして原判決は選挙運動には得票目的が必要でない理由として『選挙運動』とは行為の実質が直接であると間接であるとを問わず投票獲得に必要かつ有利な行為であることに意義があるからであると述べているが、これは選挙運動の意義を正しく解したものでない。けだし第一三八条一項における選挙に関し投票を得、若しくは得しめ又は得しめない目的というのは、『直接被訪問者の投票を依頼する意思をもつてした場合は勿論名を推薦依頼等に借りて被訪問者の投票を依頼する目的を有する場合及び直接推薦依頼等をなす意思を有すると同時に被訪問者の投票依頼の目的をも併せ有するときは同様に同条項(第一三八条一項)違反となるがたとえ、選挙に関し戸別訪問をしてもその目的が被訪問者の投票を得若しくは得しめ又は得しめないためでないとき、すなわち被訪問者の投票に関係がないときは右条項にいう戸別訪問に該当しないと解するべきである。そして候補者の推薦を依頼する行為は、もとより投票の依頼と別個の行為であるから、訪問の目的が被訪問者に対し、特定候補者のため推薦通常葉書に加筆又は加名を依頼するに過ぎないときは、結局の目的においてその候補者に投票を得しめるためであつても、それは他の選挙人に対する関係であつて、被訪問者から投票を得しめるためであるとは言えないから本条にいわゆる戸別訪問には該当しないのである』(昭和三〇年四月一一日大阪高裁第四刑事部判決)とあるように、被訪問者の投票を期待しているものに限るべきものであり、従つてまた、同条二項の選挙運動における得票目的も同様に解すべきものと解する。

従つて当選を得しめるため被訪問者からでなく、他の選挙人から投票を得若しくは得しめるについて必要かつ有利な行為であるとの認識をもつて行為したものは二項の選挙運動には該当しないと解すべきである。そうでなければ一項の禁止行為と全く別な目的をもつ行為を禁止することになり、一項の脱法行為を禁ずる趣旨を逸脱することになり、表現の自由を制限する規定の解釈として正しいものではない。勿論われわれも被訪問者以外の選挙人の投票を終局的に得ることを目的とした行為と併せて、被訪問者の投票を得ること等を目的として行為した場合には、後者の関係において第一三八条二項の選挙運動に該当するものと考えるが被訪問者の投票を得ること等を目的としない場合には、同項の選挙運動ではないと結論するものである。

二、特定の候補者の氏名を言いあるく行為とはなにか

原判決は、蛯名定助外三八名を戸別に訪れ、同人等に対し、それぞれ『今度の選挙に出た米内山さんが大雪のため車代が多くかかるので、車代をいくらかでも寄附して下さい』との趣旨のことを申し向け……戸別に同候補の氏名を言いあるいたものであると認定しているところを見ると、寄附して下さいと頼んだ際米内山という特定候補者の氏名が通常の方法で一回語られたことを以て氏名を言いあるく行為に該当したと判断したように見受けられる。

しかしながら『今度の選挙に出た米内山……寄附して下さい』といつてあるいたことは寄附を求めて歩いた行為とは言えるが氏名を言い歩いた行為とは言えない。右の寄附を求めることは自由で許される行為であり、その際誰のために寄附するのかを説明するために最低一度は、氏名を言わなければならない。このように正当な用務のために最低限必要な程度に候補者の氏名を言うことは、氏名を言いあるくという行為には該当しないのである。

第一三八条二項の規定を審議した昭和二五年三月一七日の参議院の選挙法改正に関する特別委員会における衆議員法制局参事(三浦義男)の説明によれば、『二項の問題につきましては、これは実際この前の選挙運動の実状などに鑑みますると、こういう実例が相当あつたそうでありまして、いわゆる戸別訪問の脱法行為といたしまして、得票を得るとか、或いは当選を得たいからと言うような意味ではなくして、演説会があります、誰々の演説会がありますというようなことを触れ歩くことによつて、戸別訪問の脱法行為をやる事例が多いという事情から、こういう規定を置く必要があるということに衆議院の方におきましてはなつたわけでありまして、戸別にこういう行為をやることを禁止行為と見なすのでありまして、……』となつており、特定の候補者の氏名を言いあるく行為とは演説会がありますとか誰々の演説会がありますというようなこれに類する候補者の氏名のみを単に触れあるくこと若しくは他の正当な用務の傍、特に大声とか幾回にも亘つてとかその他候補者の氏名を被訪問者に強く印象付けるような方法でその氏名をいつてあるく行為を示すものと考えるのが立法趣旨からも文理上からも正しいものと考える。

そして戸別に言いあるいた人の言葉のうちに理由の如何を問わず、候補者の氏名があれば本条二項の禁止行為に該当するというのであれば国民の表現の自由を余りに大きく制限し合憲たり得ない。

以上の次第であるから原判決の氏名を言いあるく行為についての判断は誤つていると断ぜざるを得ない。

(その余の控訴趣意は省略する。)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例